クリッセイ PR

青椒肉絲と主役願望

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

今年のゴールデンウィークは、2年ぶりに帰省されたという方も多いようだ。
2年ぶりじゃなかったとしても、帰省したことを大っぴらに言うのは控えていたという方もいるのだろう。
「頼むから来てくれるな」みたいな親御さんからの申し出があって叶わなかったという話もいくつか聞いたこの1~2年だった。

私の実家は市内なので、ブランクはなくここまできたが、
今年のゴールデンウィークは思わぬ父の言葉を耳にした。
それは「嬉しい」「幸せ」という単純だけど貴重な言葉だった。

ゴールデンウィークより少し前に父の誕生日がある。
その当日何があったかは、秋田県立ギフコウコウに書いた通りだ。
それだけでもかなりのギフトだったのだが、
先日プレゼントした日本酒を一緒に飲むという場にすべく
休みの半日を使って行こうというありがたい申し出が夫からあった。
実は今年の正月は仕事や自分の実家の関係で、新年の挨拶を直接しないままでいたのがずっと気になっていたという。

当日、わが実家を訪ねると、両親はそれなりに張り切っていた。
食卓には、リクエストしたお刺身以外にも、和洋折衷相変わらず年齢に似合わないバラエティーに富んだメニューが並んでいた。
テレビの前でドカッと座っていた父が、私たちが席に着くと「じゃあ!」と立ち上がり台所に向かう。
そして、一品調理するという。
準備は出来ていて、「最後は鉄人みずから仕上げます」と言わんばかりにフライパンで炒め始めたのだ。
出来上がったのはガッツを感じるチンジャオロースだった。

ガッツを感じるとは、平たく言えば肉もタケノコもピーマンも太めに切ったそれだったということ。
体格も性格も繊細とは真逆の父は、得意のキンピラゴボウもいつもガッツな切り方なのだ。
青椒肉絲というより青椒肉綱、くらいの感じだろうか。
でも程よく歯ごたえもあるし、味は悪くない。
何より、せっかくタケノコがあるから自分も一品作ろうと思う気持ちが嬉しい。

宴が始まると、父はものすごい勢いで日本酒をカパカパ飲んだ。
そして、4人でものすごい勢いで食べた。

父はしきりと、義理の息子が自分の出身地で所縁のある土地の酒をわざわざ取り寄せてプレゼントしてくれたことが嬉しいと言った。
そしてカパカパと飲んだ。

たくさん話もした。そしてわかったことがある。
誕生日祝いはこれまでもされたことがあったし、旅先で祝ってもらったこともある。
それもとても嬉しいのだがと前置きをしたうえで、
こんな風に食べて、飲んで、話を聞いてもらえるこういう機会が嬉しいと言ったのだ。
つまり自分が正真正銘主役になれた感じがしたということみたいだ。

そこには87歳の本音が聞こえた。
子や孫が集まり、賑やかに過ごす場はもちろん幸せだ。
しかし、孫がいれば、主役は自然と孫になる。それが嬉しいことも間違いない。
でも、そうなると、大人は脇役にまわる。

近年の父と言えば耳がよくないこともあるので、孫たちの話はあまり聞き取れるということがないのだろう、加えて話すとやたら長くなる話下手なので、「皆が祖父の話に集中して耳を傾ける」なんて場面はないのだ。
何度も言うがそれが幸せのカタチというものであることはわかっている。

でも人は誰しもどこかに主役願望というか「俺のハナシを聞け~」的な欲求があるのではないか。
そしてそう思えることって、悪いことじゃない気がする。

この日、しっかり主役になれた父が、あまりにも「嬉しい」「幸せ」とかいうものだから、
娘としても嬉しかったけれど、なんだか照れくさくもあって、ちょっとブラックな合いの手を入れてしまったことはここだけの話にしよう。