誰かと一緒に観劇すると、共感が何倍にも膨らんだり、違った目線がプラスされます。
作品をフィーチャーしながら、ゲストと共にさまざまな目線でエンタメを楽しくご紹介します。
今回ご紹介する作品は、舞台『ラビット・ホール』。
実力派の魅力的な5名のキャストによる会話劇です。
ご一緒したのは、整理収納アドバイザー5名(網野千代美さん、伊藤寛子さん、中村真寿美さん、福永恵さん、みのわ香波さん)の皆さま。
この日は、ラッキーなことに終演後に出演者の皆さんによるアフタートークがあり、この作品が作られた舞台裏やつくり手の思いも存分に聞くことが出来ました。
終演後、作品から受け取ったものを、皆でたっぷり語りました。
舞台『ラビット・ホール』は、アメリカの劇作家デヴィッド・リンゼイ=アベアーが家族の再生を細やかに描いた、ピュリツァ―賞受賞の傑作会話劇。2010年にはニコール・キッドマン製作・主演で映画化もされた作品です。
この舞台の主演は昨年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』での好演も記憶に新しい宮澤エマさん。渋谷のPARCO劇場をはじめ、全国4都市での上演が予定されています。
※以下、作品のネタバレを大いに含みます。
予備知識ありorなし
それぞれが気になったシーンとは
栗原 まずは皆さんそれぞれ、観劇後の感想をお願いします。
網野 オープニングのあの演出でがっちりつかまれました。そして何度かあった、暗転板付き※ですね、その転換がすばらしかったです。
※場面転換などで舞台の照明が消えた状態から明けた際に、すでに役者が舞台の上にいる状態のこと。板は舞台の意
アフタートークで宮澤エマさんが、台詞が不自然にならないことを心がけたと仰ってましたが、実は舞台を観ながらずいぶん今風のしゃべり方をするなと思っていたんです。私は娘が携わっていた学生芝居をよく観ていたんですが、翻訳劇の会話の不自然さは観る度に感じていました。でもそういうものだと思っていたので、むしろ今日のほうがいつもと違うなと感じたほどでした。トークを聞いて、そういう経緯があったのか……と知ることができて良かったです。
作品の内容としては、やはり子ども絡みの内容は観ていて辛いというか、ちょっと泣きました。ちなみに私は今回、少し予備知識を入れて観劇に臨みました。
中村 私は全くさらの状態で観ました。エマさん演じるベッカは子育て中でいっぱいいっぱいで、そこにふらっと土井ケイトさん演じるイジーが出て来て妊娠を告げると、姉のベッカはすごくイライラしてる。なんでイライラしてるんだろう? って不思議でした。お話が進むにつれ、お母さん(シルビア・グラブさん)とのやりとりで、あ、子どもが亡くなったんだと理解しました。そのお母さんも息子さんを亡くしているとわかってきて。この会話劇はよく聞いていないと状況が理解できないから一生懸命集中して観ました。
子どもが自分より先に亡くなるというのは想像できない悲しみです。私も犬を飼っているので、(その死に)犬が関係しているというのも気になりました。
気になると言えば、たくさんの食べ物が出てきたこと。舞台上で本当に食べてましたよね?
※作品の中に登場する食べ物については、イラストエッセイ「食べ頃シネマ」もぜひご参照ください!
家族や夫婦の関係など、とても考えさせられる作品でした。
伊藤 私は演劇、映画、コンサートとなんでも興味があるんですけど、やっぱり生はいいですね。今日も生の舞台を観れたということがまずは一番の収穫です。
ストーリーそのものは事前に読んでわかっていたし、朝日新聞に掲載された宮澤エマさんのインタビュー記事も読んでいました。洋モノだと会話の中にユーモアやウイットが出てくるでしょ。日本にはそれが少ないから、今日のお芝居の中でもさりげなく会話の中に笑いが含まれたりしているのを聞いて、こういう風に自分もウイットに富んだ会話が出来たらいいな、なんて思いました。
ストーリーも興味深かったけど、職業柄、舞台装置がすごく気になりました。
この階段の幅の広さなら相当の豪邸だろうなとか。
買い物してきたものを「片付けてくるわ」と言って後ろに行った先はパントリーかなとか。
戸棚を開けた時の蝶番の位置が逆だから行動動線上使いにくいだろうなとか(笑)。
子ども部屋の棚やおもちゃ箱や椅子はあのショップのだったなとか……。
舞台そのものの造りに反応して楽しんじゃいました。
ベッカと共にイライラ、もやもや
家具の配置に込められた意味とは
みのわ 一番最後の台詞が一番印象に残りました。ベッカ(宮澤エマさん)が「見つけられるかな」と言ったら、旦那さんが「見つけたい」って言ったんですよね。
ずーっとそれぞれがそれぞれのやり方で悲しみを乗り越えようとしている。夫婦もそうだし、お母さんもそう。お互いの乗り越え方が違うから簡単には認められないけど、時間の経過と共に相手を尊重しながらなんとか落としどころをつけているなという感じがしました。
観ている途中では、もうダメだって言いたいのかなと不安になりましたけど、希望的な感じで終わったので良かったなと、あの演出は素晴らしかったです。
お家でいうと、オープンハウスにする前と後で配置が変わりましたね。オープンハウスの時、テレビ前のソファは、背もたれをテレビ側にしてバリケードみたいに置かれてましたよね。ビデオに関する夫婦のやりとりがあった後だったので、あの場所を封印したような見た目になっていて胸が痛くなりました。
その他にも中央の階段の左側に子ども用の椅子がそのまま残っていたり、一つひとつの家具の配置にも意味が込められているんだろうなというのが見えました。
福永 私も舞台装置が気になりました。開演前、あれが降りてくるのかな? と気になって栗さんに聞いたりしましたけど、あれで2階と1階の表現が出来ていて、上下の空間使いがすごいなと。今までこういう舞台装置を観たことはなかったので素晴らしいなと思いました。
(物語の内容としては)ベッカの気持ちと重なっちゃて、観ながらずっともやもやしてました。彼女がイライラしていたのは、被害者ぶることに納得がいってなかったからだと思うんです。いろいろな偶然が重なって、こういう結果になったことに対して自分が傷んでいるとか、大丈夫? と言われることに納得がいってなかった。誰も悪いわけじゃないから。彼女は最初から、許せないけど、許してた。でもそれをどう家族に伝えたらいいかわからないことへの葛藤がずっと、ずーっとあったからああいう表現になったんだろうなと思いましたね。だから後半はもやが少し晴れたような感じになれました。
全体を通して、説明じみたところはないのに、伏線回収がたくさんある作品だなと思いました。めちゃくちゃ面白かったです。
栗原 開演前、(伊藤)寛子さんがオペラグラスで舞台の上を見ながら、「子どもの絵が冷蔵庫に貼ってあるわね」とか、(福永)めぐさんが言われたように「あのセットは上がるのかな」とか呟くのを聞いて、皆さんの目線もいろいろで面白いなと思いました。作品によっては開演前は舞台の幕が閉まっていることもありますからね。
今作は夫婦の会話、家族の会話、モノとの向き合い方なども出てくるので、整理収納アドバイザーが観たら絶対にいろいろなポイントに目が向くだろうなと思っていたんです。
私個人としては、最後の二人が手をつなぐシーン、段々握りが強くなるというか、握ったことで相手の感情がわかるというあの感じが素敵すぎた……。
福永 握って握り返されて、ですよね。あのシーンで涙腺崩壊でした。
網野 (夫婦の)どちらがより悲しんでいるのか、どちらが感情的になっているのかなと考えながら観ていました。最初はベッカの方が悲しんでいるのかと思っていたけど、途中から旦那さん(ハウイー)の方が現実を受け止められていないのかなと思ったりして。
中村 ベッカは古いものを手放して前進していきたい気持ちがあるようだけど、ご主人はビデオを繰り返し見たり、子どもの面影を探しながら生きているような……。男性の方がモノに執着あるのかな、とか、ついアドバイザー目線で見ちゃいましたよね。
網野 そうですね。ビデオを一人で見るシーンになって、あれ? って思いました。最初は妻に向かって「君も前に進みなよ」みたいなことを言ってたのに。
みのわ フェミニストなところもありますよね。弱いところを見せたくない、みたいに強がっているっていうか。
栗原 喪失感ってさざ波のように来るから、ずっと底の方で悲しみに溺れているかというと、そうでないこともあるだろうし。だから夫婦どちらがより悲しんでいるかというのは、本当に日替わりみたいな気がします。「あなたは外に出られるからいいわよね」と、夫に対して言うシーンがありましたけど、その後、ベッカもクラスに通い出したら変化が出てくるし。これは外国の戯曲ですけど、こういう感覚って万国共通なんだなという気がします。
ベッカ&ハウイー夫妻の家の間取りは?
片付け手順も気になる
栗原 どうせならもう少し整理収納アドバイザー目線で振り返ってみませんか?
伊藤 冷蔵庫の中はキレイだった。
福永 すっきりしてましたよね。
栗原 息子さんの部屋をママと二人で片付けるシーンがありました。
伊藤 まさに「いる」「いらない」をやってました。
栗原 「ハウイーに言わないでやってて大丈夫?」という台詞もありましたけど、アドバイザー的に言えば、ダメですよ、ね。
みのわ いや本当に。でも結局、ハウイーは息子の部屋には入らないんですよね。
中村・伊藤 そうだった……。
みのわ 入らないのか、入れないのかわからないけど、実際に息子のモノを手に取って処分する、わけるっていうことがハウイーにはあの段階では出来なかったのかも。
福永 きっとそうだと思います。
伊藤 家の中をよく見ると、家電がたくさん並んでるなと思った。
網野 ちょっとお金に余裕があるご家庭という感じですよね。
中村 生活レベルでいうとハイクラスの設定なのかな。
網野 私が最初から気になっていたのは、あのすりガラスの向こうは何の部屋なのかなということ。ジェイソンがあそこを通って入ってきましたよね。
伊藤 あちらが玄関よね。
中村 寝室っぽくも見えたよね。
栗原 ガラスの向こうは廊下で、そのさらに向こうが寝室とかかな?
伊藤 外国だから玄関開けたら一部屋ぐらいになりそうな広間があったりするかもしれない。いろいろ想像できるわよね。
福永 フローリングもいい感じでしたね。
栗原 家の中には息子ダニーのものがあちこちにありました。
網野 10カ月で片付けられるものかな? と思いましたよ。
伊藤 早いわよね。
中村 アドバイザー目線で観たらいくらでも話せちゃうよね。
ジェイソンの謎
彼はどういう人に見えたか
中村 一つ気になったのは、事故の加害者であるジェイソン(山﨑光さん)からの手紙に(笑)「カッコワラ」なんて書かれていたり、オープンハウスしているところにふらっと入ってきたりというのが普通では考えられない! あの感覚はアメリカが舞台の作品だからかな、なんてちょっとわからなくなりました。
みのわ 私もジェイソンのシーンで気になっていることがあります。それはジェイソンが家に来た時にベッカに「もしからしたらもうちょっとスピードを出していたかもしれない」ということを、ご主人に「きっと伝えてくださいね」と念を押してたじゃないですか。なぜあれをあんなに念を押したんだろう?
網野 ちゃんと事実関係を明らかにしないと気が済まないタイプなのかもしれませんね、彼は。
福永 自分が悪かったということを素直に謝るんじゃなくて、ああいう言葉でしか表現できないのかなと思いました。
中村 私もそれ共感します。そういった表現の仕方しか出来ないのかもしれない。
栗原 ショックが実は大きすぎて正常な判断が出来ないのかもしれない。どうして彼がそういう行動をとるのか、突き詰めて突き詰めて演じているんだろうな。どう捉えてもいいんだと思うんです。ジェイソンをサイコパスのように捉える人がいてもいいし……。
網野 私、思いました……。拙い感じもあって、それが逆に怖かった。
みのわ 距離の詰め方もちょっと怖かったですよね。
個性的な役者がずらり
アフタートークで知れたこと
伊藤 アフタートークは本当に聞けてお得でした。皆さん個性的でトーク力もあって、とても魅力的。妹役の土井ケイトさん、存じ上げなかったけど、すごくいい役者さんですね。
福永 あの姉妹はいいキャラでしたね。一見似てないけれど、殴るところ(手が早いところ!?)は同じだなと思って(笑)。実はお母さんもそうだったかも。
栗原 ちなみにハウイーは不倫してる、してない?
網野 私はしてないと思う。
伊藤 私もしてないと思った。
福永 私は真っ黒だと思いました。
中村 エマちゃんはなんとなく気づいてるのかなって、そういう視点で見ちゃった。スカッシュ行ってるって言ってたけどどうなんだろうって。
みのわ 下心はあったと思うけど、不倫しきってはいないと思う。
伊藤 なぐさめていたっていうのを私は信じちゃったな。
網野 要は愛情とは別のところで満たされないものを埋めてたかもしれないですね。
栗原 私、一度目に観た時にはそんなことはしてないんだろうと思ってたけど、今日観たら(会合に)行くのを止めたっていうところであったのかなと思っちゃった。
みのわ 告げ口した友達も「あの手の握り方はちょっと……」って思ったのかも。
中村 でも妹ちゃんが義理のお兄さんに直球投げちゃうってところがすごいですよね。
みのわ ホント、妹イジーはいいキャラクターでしたよね。
伊藤 あの台詞の数々が演出家、翻訳家、エマさんや俳優の皆さんの思いと努力によって紡ぎ出されたものだったということを(アフタートークで)聞いて、とてもびっくりしました。何度も言っちゃうけれど聞けて良かった。
昨年大河ドラマで観ていた宮澤さんやシルビアさんがここにいる……っていう身近さみたいなものもすごく感じながら舞台を楽しみました。彼女たちを知らなかったらもう少し見方が違っていたのかもしれないですね。
中村 言葉って大切なんだと改めて思いました。皆で時間をかけて作られたからこそ、私たちにもグッと迫るものがありましたよね。
福永 いろいろな業界に存在する縦割りの体制が変わっていくような取り組みの話が聞けたのも貴重でしたね。それって演劇界にとってとてもいいことなんだろうなと思います。
伊藤 私、皆の感想聞いていたらいろんなところ見逃してるかなと思っちゃった。もう一回観なくちゃダメかしら、なんて。ジェイソン役はWキャストだっていうし。
みのわ リピーターチケットあるって言ってましたよ! 毎回、演じ方も違うんだろうし気になりますよね。
栗原 映画や映像と違って舞台の場合は自分がフォーカスするから、そのシーン、私は見逃したったってことはあります。
網野 目が足りないっていうやつですね。
栗原 音がして慌ててそちらを観るなんてこともありますし。
中村 私、後ろの列の方の笑い声でハッと思って観た場面とか結構ありましたよ。
福永 音といえば音響も左右にうまく振ってありましたよね。
栗原 皆さんのさまざまな視点、アドバイザーならではの視点がたくさん見えて面白いシェア会になりましたね。またご一緒しましょう。今日はありがとうございました。
※エンタラクティブライフ的アフタートーク①
伊藤さんは、なんと後日、再びPARCO劇場にて『ラビット・ホール』をジェイソン役を阿部顕嵐さんが演じる回でご覧になったそうです!!
舞台『ラビット・ホール』
PARCO劇場
2023年4月9日(日)~4月25日(火)
作/デヴィッド・リンゼイ=アベアー
翻訳/小田島創志
演出/藤田俊太郎
出演/宮澤エマ、成河、土井ケイト、阿部顕嵐/山﨑光(wキャスト)、シルビア・グラブ
●2023年4月28日(金)
あきた芸術劇場ミルハス 中ホール
●2023年5月4日(木)
キャナルシティ劇場
●2023年5月13日(土)~5月14日(日)
森ノ宮ピロティホール
※エンタラクティブライフ的アフタートーク②
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