私のアンフォゲ飯 PR

その時季、その場所で。桜えびのかき揚げ

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誰にでも忘れられない味がある。ふとした瞬間に思い出したり、その味と共に記憶がするするとよみがえったり。あなたのunforgettableな味から記憶を整理します。題して私のアンフォゲ飯。

今回アンフォゲ飯を語ってくれたのは、古布コラージュ・アーティストの住川信子さんです。

-- 住川さんのアンフォゲ飯、忘れられない味をお聞かせください。
住川 美味しかったと記憶に残っている味はたくさんありますが、忘れられない、また食べたくなる味といえば、今の時期では由比の桜えびのかき揚げ。静岡県駿河湾で、解禁のシーズンしか獲れない生の桜えびを使ったかき揚げです。

-- 食べられるシーズンは春ですか?
住川 シーズンは春と秋にあるようですが、3月下旬頃からが春の桜えびのシーズンで、この時期は天日干しされた桜えびで浜がピンク色になることでも有名です。とにかく生の桜えびは、限られた期間、その場所へ行かないと食べられません。

-- そもそも静岡県の由比には何かご縁があるのですか?
住川 由比には何度か訪れています。あのエリアには江戸時代の浮世絵師、(歌川)広重の美術館(静岡市東海道広重美術館)もあるので、家族や夫婦でドライブに出かけたことがあるんです。初めて行った時も「せっかく行くなら桜えびの季節がいいわね」と、そのシーズンを狙って行った記憶があります。
由比は広重が描いた東海道五十三次の宿場町の一つ。そういう古い町を見て歩くのが好きですね。由比、蒲原、丸子周辺には、広重の絵にも描かれていて代々続いているお店が今もあったりして浪漫があります。

-- 歌川広重が特にお好きなのですか?

住川 広重だけではなく、日本の美術全般ですが、特に琳派に興味があります。琳派の本阿弥光悦さんや尾形光琳さんがもし生きていらっしゃったら会って、どういう思いで創作活動をしていたのか、何をどう表現したいと思って取り組んでいたのかなど、お話を聞いてみたいなと思うことはあります。

-- 住川さんご自身がアーティストでいらっしゃるからですよね。具体的にどんなことを聞いてみたいのか気になります。
住川 
創作にあたり、昔のものを継承しながら、新しいものを取り入れていくという意識が自分たちにはあったのか、それとも個性でそういう形が出できたのかなどを知りたいです。今はなんでも新しいものに走りがちな時代ですけど、昔のものでも良いものは生かして、構築し直して今に合うものにすればいいのではないかと考えることがあるので、彼らからもそうしたヒントが得られるのではないかなと思っています。
これは食への考え方にも通じていると思います。例えば由比の桜えびもそうですが、その時期にその食材が獲れる場所で食べるのが今も昔も一番おいしいですし、それを知っているって豊かですよね。広重も桜えびを食べたかしら…などと想像するだけで楽しいですね。

-- 旬のものを食べるということの大切さですね。
住川 
そうです。筍という字は「たけかんむり」に旬と書くでしょ。露地ものの筍が出始めのタイミングで食べた時、まさに季節を感じ、旬を味わえてぜいたくだと感じます。

-- 旬を感じられる桜えびのかき揚げについて、詳しく教えてください。召し上がったかき揚げはどのような形状、どのようなお味ですか?
住川 
由比で食べた桜えびのかき揚げは、直径約12センチ、厚さが10センチくらいあります。見た目はボリュームがありますが、ふわふわでサクサクっとしていて甘みがあって香りが豊か、少食の私でも美味しく食べられます。なんといっても不思議なのは、えびの尻尾が全部上を向いていること。ほかでは見たことがない揚げ方でとても驚きました。

-- かき揚げには桜えびと何が入っているのですか?

住川 桜えびだけでなにも混ざっていません。食材そのものの味を堪能できるって本当にぜいたくですよね。その尻尾が全部上を向いて揚がっているのが不思議でお店の方にどうやって揚げているのか聞いてみたのですが、「ごめんなさい、企業秘密で……」と笑顔で言われました(笑)。
由比周辺に桜えびのかき揚げを出しているお店はたくさんありますが、やはりその店のかき揚げが食べたくて、その後も何度か訪れています。
地元の方が長年やっている気軽に入れるお店で、海を見ながらゆったりお食事がいただけるのもいいんです。

-- 食を楽しむ上で、旬のもの、地のものを味わうということ以外に大切だと感じることはありますか。
住川 食べるための「空間」をトータルで捉えることは大切にしたいですね。季節に合わせた器や設えを気にしたり、お庭が見える空間ならそこに咲いていた花が何だったか、空間が味の記憶と連動されるように思います。
例えば、某料亭には「有明の間」という月を眺められるよう設計されたお部屋があるのですが、そこでは中秋の名月にしか出さない器があって、その日は仲居さんの着物も月に合わせたものにしているそう。そのことを仲居さんにうかがってから、次の中秋の名月の時期に食事をする機会には、月とうさぎをあしらった縮緬の洋服を着て行きました。
こんな風に味だけではなくて、トータルで食を感じて楽しめたら、食の文化が広がりますよね。

-- トータルで食を感じる……素敵ですね。最後に、古布コラージュ・アーティストとしてどのような思いで作品を作られているのか教えてください。

住川 50歳を過ぎた頃、骨董市で古い着物やハギレが無造作に並べられているのを見て、何か活かせる方法はないかなと考えました。気に入った何枚かを持ち帰り、絵を描くようにいくつかの布を並べてみたところからストーリーが広がり、古布コラージュの作品づくりをスタートしました。
古布を洋服や小物に再生する以外に、アートとして楽しむという発想は、SDGsの観点からも新たな提案の一つにできるのではないかと思っています。
代々受け継がれてきた着物文化や織・染めなどの技術を現代にも活かしながら、古布コラージュで日本の「間」の美学や、いにしえの文化の新たな展開、和色の美しさや深さなど、作品を通じて感じていただければと思っています。

-- お話をうかがって今につながる文化や習慣を見直したいという気もちが湧くとともに、旬の桜えびが無性に食べてみたくなりました。春が香る素敵なお話をありがとうございました。

ホテル雅叙園 東京「招きの大門」での古布コラージュ展示より

 

住川信子(Nobuko Sumikawa)さん
武蔵野美術短期大学卒、日本電気デザインセンター勤務後、子ども手作り教室主宰。著書は『作って遊ぼう楽しい手芸』(小学館)。この他に絵本や雑誌に多数の作品を掲載。和をテーマにした雑貨企画や地域情報紙編集も行っている。2014年、第一回となる個展『古布コラージュ展』を代官山ヒルサイドテラスにて開催。2015年春、ホテル雅叙園エントランスロビーにて「桜」をテーマにした作品展示、10月、『布琳派展』を開催。2020年にはアートとエンターテインメントをコラージュさせた動画『古布コラージュ×エンターテインメントな物語』を配信。2021年、「日本の和色」シリーズをまとめた『和色めぐり by 古布コラージュ』(ERIZUN STUDIO)を発行。
https://www.sumikawa-nobuko.com/

イラスト/Miho Nagai