三階席から歌舞伎・愛 PR

人情がしみじみ沁みる_錦秋十月大歌舞伎

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歌舞伎をほぼ毎月楽しんでいる50代男性。毎月観るために、座席はいつも三階席。
印象に残った場面や役者さんについて書いています。

今月は「錦秋十月大歌舞伎」。
今日は久々に観光バスが何台も歌舞伎座前に止まっていました。
団体客が戻ってきたことを確認し、本格的に日常が戻ってきたのかと遅ればせながら感じました。今月の話題の演目といえば、昼の部「二、文七元結物語(ぶんしちもっといものがたり)」でしょう。三遊亭圓朝の落語、人気の人情噺「文七元結」を元に、山田洋次監督が脚本演出を担当し、寺島しのぶさんが歌舞伎の舞台に上がることが話題です。人情、善意、思いやり、愛情といった言葉を感じる場面が多かったと思います。物語の流れはこうです。

第一場、左官 長兵衛の娘、お久(中村玉太郎)は、自分の身を売って、父の借金を返したいと考える健気な娘。

第二場、そのお久が頼ったのは、吉原遊廓の女将、お駒(片岡孝太郎)。借金がなくなれば、父は継母であるお兼に暴力をふるったり喧嘩をせずに仲良くしてくれるはずと願うお久の話を聞いて心を打たれ、お駒が一肌脱ぐことに。

第三場、この話の主人公、長兵衛(中村獅童)は、左官の腕はいいが酒と博打が好きで借金だらけ。しかし、江戸っ子気質で他人に優しい。
お久が可愛くて長兵衛の後添えになったお兼(寺島しのぶ)は、姿が見えなくなったお久を心配している。そこへお駒の使いのものが長兵衛を迎えに来る。

第四場、お駒がお久の事情を知った上で、長兵衛に借金を返済するための金五十両を貸すので、しっかり働き借金を返すようさとす。その間、お久はお駒の小間使いとして預かることにする。父、長兵衛は心を入れ替えると約束する。

第五場、帰り道、橋から身投げしようとする若者、手代文七(坂東新悟)を通りかかりの長兵衛が助ける。事情を聞くと店の掛け金五十両を掏摸に取られたとのこと。
長兵衛は文七に、さきほどお駒から借りた五十両を渡して立ち去る。

大詰、金の件で長兵衛とお兼夫婦は一晩中喧嘩をしている。そこへ文七に案内された近江屋卯兵衛(坂東彌十郎)がやってきて……。

各人が本当に、いいお芝居をされたと素人ながらに思いました。最初の見せ場は、片岡孝太郎さん演じるお駒が、お久の話を聞いて、心を打たれ、長兵衛に金を貸してやるまでのシーンです。あくまでも個人的感想ですが、中村玉太郎さん演じるお久のお芝居が良かったとは思わなかったのですが、話を聞き入って涙ぐんだり、まっすぐお久を見ていられなくなり視線を外したり、心が打たれてる様子が表情を見ているだけで感じ取れました。
実はオペラグラス越しに見ていて、もらい泣きをしてしまいました。こんなことは初めての経験です。
お駒は吉原遊廓の女将ですから貫禄もあるし、器の大きさを感じさせながらのお芝居であることは言うまでもありません。

次の見せ場は、中村獅童さん演じる長兵衛です。
職人としての腕はいいものの酒と博打が好きで借金だらけ。ですが、お久のことは何よりも可愛くて、お駒に説教され、酒と博打をやめ仕事に打ち込むことを約束します。でも文七の事情を知り、お駒から借りた金をどういう経緯でここにあるのかをこんこんと話しながら、貸してしまうのです。最後は、どんな結末を迎えるのかは、ここではあえて書くのをやめておきましょう。でも、誰もが幸せを感じるいいお話でした。本日の巳左衛門的MVPですが、候補はお二人です。
まずはお駒を演じた片岡孝太郎さんです。このお話は、長兵衛にお駒が大金を貸さないと始まりませんが、金を貸すと同時にお久に遊廓で客を取らせたりしたら感動できる話になりません。
先に書いた通り、お駒の器の大きさ、情の深さを導入部で感じさせてくれたからこそ結末が感動的になったのだと思います。
次に、やはり主人公長兵衛を演じた中村獅童さんです。酒と博打で借金だらけの駄目男でありながら、大川端の場では文七を哀れに思い、お駒から借りたばかりの金を渡してしまいます。文七に金を渡す際に、吉原角海老のお久の無事を祈ることを文七に約束させる悲しい演技が心を打たれます。
客席は獅童さんのセリフに聞き入っていました。滑稽なシーンとのギャップがたまりません。悩みましたが、本日のMVPは片岡孝太郎さんです。筋書きにある山田洋次監督の言葉にもありますが、この物語を帯のように締めていらっしゃいました。
なんと言っても私が思わず泣かされてしまいましたので。

最後の最後に、話題の寺島しのぶさんのことを。
登場時には「音羽屋」の掛け声もかかりました。
お久を思う母の言葉や心配する様子は、実生活でも母であり、女優である寺島さんだからこそのリアルな演技に映りました。
人が人を思う……人情噺が沁みる秋です。

CHECK!

舞台写真付きの詳しい歌舞伎レポートは、エンタメターミナルの記事「歌舞伎座新開場十周年「錦秋十月大歌舞伎」が開幕!公演レポート、舞台写真掲載」をご覧ください。

 

文・片岡巳左衛門
47歳ではじめて歌舞伎を観て、役者の生の声と華やかな衣装、舞踊の足拍子の音に魅せられる。
以来、たくさんの演目に触れたいとほぼ毎月、三階席からの歌舞伎鑑賞を続けている。
特に心躍るのは、仁左衛門丈の悪役と田中傳左衛門さんの鼓の音色。