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怪物

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映画の中にはさまざまな人生や日常がある。さまざまな人生や日常の中には、整理収納の考え方が息づいている。
劇場公開される映画を、時折、整理収納目線を交えて紹介するシネマレビュー。

カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドール、脚本賞を受賞し、大きな話題を呼んでいる作品。
週末の昼間、都心の映画館はにぎわっていた。スクリーンに「怪物」というタイトルが出たのを見ながら「りっしんべん」じゃなくて「ぎょうにんべん」の「径」という字と響きが素敵と思ってたことがあったよなぁとふと思った。小径、とかね。

映画を観る前、極力情報を入れないようにしていたが、「立場が違えば物の見え方は違うということを突きつけられる」
みたいなことは漏れ聞こえていた。だからだろうか、安藤サクラさん演じる小学生・麦野湊の母・早織のターンから始まる物語を、彼女に感情を取り込まれないようにしようとブレーキをかけながら見始めた。いや、それは私に子どもがいないから、距離を取りつつ観ることができたのかもしれない。
学校生活の中にある奇妙な歪みを、つとめて冷静に見つめながら、それでも早織が教師に向かって「貴方たち、目が死んでるんだよ」と言い放つセリフの鋭さに酔いしれた。
実際はそのセリフを浴びせられても教師たちはびくともしない。今はそれを無力だと感じずにいようと1周目をカウントした。

永山瑛太演じる教師・保利のターンになった。横顔は美しいのに前から見たらダメじゃん、みたいな教師。いや、その逆なのか?
薄い体の保利先生は掴みどころがなくて、彼を怪しい目線で見る割合が7:3。そんな風に2周目を見た。
そういえば怪しいという字が怪物の怪だ。

田中裕子さんが演じる小学校の校長、伏見の低く小さい声が歪みの深刻さを際だたせる。学校の床にこびりついた汚れをヘラで落とす姿に込められているものを見た気がした。

そういえばカンヌ国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞した役所広司さんも映画『PERFECT DAYS』の中で清掃員の役だよなぁ。
公開中の映画『茶飲友達』の中では高齢者の売春クラブを利用することになる渡辺哲さん演じる老人が、清掃員として道路の汚れをヘラで落とすシーンがあったし。

話を戻そう。この物語とこの世界の真ん中にいるのが黒川想矢さん演じるシングルマザー早織の息子・麦田湊と、彼と同じクラスの柊木陽太演じる星川依里。

二人の距離をひたすらに目で追った。展開を知った今は、まるで初めから二人のことをわかって、信じていたようなつもりになってしまうが、実際は彼らの距離を優しく測ることは出来ていなかった。多くの大人がきっとそうなのではないだろうか。

整理収納では片付ける前に収納用品や家具を買わないようにアドバイスするくせに、中身をよく見ず使いやすそうなBOXを用意してしまうような、そんな残念さが二人を見る自分に迫った。

映画を観終わって、きっと多くの人が「怪物」って誰だと思うか、「怪物」とは何のことなのか考えたり、話したくなる。
恐らくかなりの怪物候補の名が上がるだろう。順位をつけたりするかもしれない。そしてふと気づく。そういうこと言ってる、そんなことしてる自分が一番怪物に近いかもしれないと。

坂本龍一さんのピアノの音を聴きながら、この物語とこの世界の真ん中にいる彼らの後ろ姿が緑に映える姿をじっと見つめた。
そして彼らがいるのが世界の真ん中でなくなる日が来ることを思った。
その時世界はどうなっているといいんだっけ。
わかっているふりも、わからないふりもしたくないとだけ今は思う。

怪物
監督/是枝裕和 脚本/坂元裕二 音楽/坂本龍一
出演/安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、田中裕子 ほか
2023年6月2日(金)公開