アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中から、読者におすすめの一冊をご紹介します。
モンスター / 百田尚樹
瀬戸内海に面した古い町のフレンチレストラン『オンディーヌ』のママである未帆は32歳。自他ともに認める、町で一番美しい女性だ。男性どころか、女性までも、誰もが目を、心を奪われずにはいられない。思わず惹きつけられるほどの美しさ、品の良さ・・・器量の良さで選んだ、フロアスタッフの若い女の子たちに褒められても、ポッと頬を染めるウブさも持ち合わせている。
……顔を自由に赤く染めるのは、未帆の特技だ。どうしたら自分がより魅力的に美しく見えるかも研究し尽くしているからわかっている。未帆の美しさにポーっとなっている男性の瞳を、未帆はその形の良い瞳でじっと見つめて、さらに心を奪う、なんていう技も持っている。なぜなら、彼女はずっと努力してきたから。この美しさは、血のにじむような努力と、犠牲で手に入れたものだ。莫大なお金をかけて、繰り返して行う整形手術による賜物だ。
彼女の顔には、痣も火傷も傷跡もなかった。ただ、生まれついての不格好な顔。ブルドッグみたいな顔に、小さな目と丸い鼻。口全体が大きく前に出ていて、厚い唇がついている。幼いころから、家族や周囲の人に、いじめのようなものを受けてきた。不細工を嗤うのは男性だけではない。女性だって、馬鹿にしたりするのだ。そんなバケモノ扱いを受けていれば、心だって歪んでしまうのは容易に想像できる。彼女は、初めて恋をしたことにより、ある事件を起こし、町を追われて、同じように町を追われた家族からも縁を切られてしまうのだ。
醜いということは、就職にも影を落とす。やっとの思いで就職した彼女が初めて整形したのは24歳の時。目を二重にした。ちょっとした金額で夢にまで見たぱっちりした目を手に入れた彼女は、言いたいこともはっきり言えるようになった。ずっと押し付けられてきた残業だって断れちゃう。周りには、「ブルドッグにぱっちりおメメがついているだけ」、とさらに馬鹿にされるようになったって、へっちゃら。ただ、わずかなお金でこんなに美しくなるのなら、もっとお金をかければさらに美しくなれるのではないか……整形にとりつかれてしまうのだ。
鼻にプロテーゼをいれたい、インプラントして口元を美しくしたい、あごの骨も削らなくては。お金はいくらあっても足りない。美しくなるためにお金が欲しい。手っ取り早く稼ぎたい、と、風俗店でアルバイトをすることにした。SMクラブ、ファッションヘルス、ソープ、デリヘル嬢、ホテトル嬢。ありとあらゆる風俗店で働きながら、必死で節約。莫大なお金を稼ぎながら、整形を重ねて、どんどん美しくなっていく。
知人(男性)に、「娘が整形した、みたい……」と相談されたことがある。「みたい」というのは、家でもずっとマスクをしていて、外したところをまだ見ていないから。どうやら口元らしい。父は複雑だ。自分に割と似ていた娘。その顔が気に食わなかったのか……と。割とイケメンのその父と、美人で評判の奥さんの間にできたその娘さん。写真を見せてもらったことあるけれど、とても可愛らしい。「どうして?どこも直すことないよ。」と、誰もが言うと思うけれど、きっと本人にしかわからない、コンプレックスとかもあったのだろう。
近ごろは整形に対するハードルはそんなに高くないように思う。ちょっと目を二重にするくらいは、もう、アイメイクくらいな気持ちなのかな?親にもらった身体にメスをいれるなんて!と思う人も中にはいるかもしれないけれど、私は、それをすることで、明るく楽しく毎日が過ごせるようになるのなら、別にいいと思う。整形を繰り返しちゃう「醜形恐怖症」という心の病があるにはあるから、そういう人は、別にしてね。
この「モンスター」の主人公は、確かに絶世の美女になった。言い寄ってくる男性もたくさん。でも、心のどこかで、 「彼らが愛しているのは、この、作り変えられた私・・・本当の私ではない」と、あんなに大嫌いだった醜い自分を愛しく思ってくれる人を求めてしまう。
幼いころの初恋。そしてちょっと、いや、かなり切ないラストシーンも、胸がキュっとなってしまう。大嫌いなはずだった自分を見捨てられなかった主人公が、ちょっと悲しかった。