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ハワイアンダイニングの悲劇(前編)

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日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

携帯電話が鳴った。レンタカーを返却しにいったはずの夫からだ。
日中、二人で用事を済ませ、私だけ先に自宅に戻っていた。
なにか嫌な予感がする。
いつからか電話は緊急時にかける割合が増えてしまったので、
着信があるとドキッとする。
メールやSNS世代の人が電話が苦手というのは、まあ、わからないでもない。

電話の声は焦りと不安をはらんでいて、声が小さかった。
「悪いんだけど、デスクの上に財布がないか見てくれる?」
やはり嫌な案件だ。

さぁーっと探すも財布は見当たらない。
「スーパーのトイレで落としたかもしれない。連絡してみる……」
そう言ってすぐに電話は切れた。
異常な暑さとさまざまな疲れが重なっているので、こうした突発的な出来事に気持ちがいつも以上にざわつく。
もう少し確認したいのにと思うのに電話がブツッと切れる感じがざわつきに拍車をかけた。

折り返してもう少し話を聞いた。
「最後に財布使ったのはどこ?」「スーパーのトイレで財布出したのはたしかなの?」
そんな感じで聞いても、夫は心ここにあらずだ。
とにかく聞いてみるといい、電話を切った。

なんて日だ!もおーっ……、 部屋のエアコンがなかなか効かない気がして、イライラは募る。
「だから前から、お尻のポケットに長財布を入れるのは危険だよと言っていたのに……」と心の中で悪態をついた。なんなら「もうぉーっ……」と声に出したかもしれない。

また少し時を経て、夫からの電話が鳴る。
スーパーには遺失物として財布は届いていないという。
そもそもあの財布をトイレで落としたら気づかないということがあるだろうか?
いや、あるか……。頭の中でぐるぐると思いはめぐる。
すると夫が言った。
「レンタカー返す前にお茶してて今、店にいるから申し訳ないけど来てもらえる? 無銭飲食になっちゃうから」

その店は家から徒歩10分のところに今年出来たLa Ohana。あのすかいらーくグループが運営するハワイアンダイニングだ。
こんな場所でファミレスからリニューアルして需要はあるのか!? とオープン情報を知った頃にはネガティブな噂話をしていたが、一度行ったら「コナ・コーヒーがおいしいね」ということで「また来よう!」なんて話をしていた店だった。

財布がないから帰るに帰れない、だから支払いに来てほしいというヘルプの電話だった。
もちろん行くさ。
「すぐに向かえばいいの?」そう訊ねると「お願いします」と小さい声で言った。
「それとさ……。」ブツッ。
「車の中は見たの?」そう聞こうとしたが、すぐに電話は切れた。

徒歩約10分、自転車なら3分程度だろうか。急いで行こうとも思ったがこれでもし財布がやっぱり見つかった場合、トボトボ坂道を自転車を押して歩かなくちゃいけない。
もっと緊急の事態になって私が車に乗ってレンタカーを返却しなくてはいけなくなったら、
自転車は後で取りに行かなくてはならなくなる。
一瞬のうちにいろいろ考えて徒歩で行くことにした。
そもそも暑くてしんどいからレンタカーの返却には付き合わず、一足早く私だけ帰宅したのに。なんて日だ!

失くしものをした時、特に財布を失くした時のショックは想像がつくので、
急いでハワイアンダイニングに向かった。
とはいえ、日がとにかく高い時間帯だ。日傘を差して、サングラスをかけ、サンダルでハワイアンダイニングに向かった。

夫の財布はどこにあるのだろう。どこで失くしてしまったのだろう。
今日は今年最後の一粒万倍日で天赦日で大安吉日だと言ってたけれど、
皆が皆、そういうわけにもいかないのよね。
そんなことを思いながら、大事にならないことを祈った。
(つづく)