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酔いしれるの意味を知る夜

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日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

とあるSPECIALなLIVEのために、Blue Note TOKYOを訪れた。
Blue Noteは言わずと知れたジャズの聖地。
余裕のある大人たちが集う特別な場所だと小さい時から認識していた。

海外のアーティストのLIVEが行われることも多く、初めて行った時に「お冷」をいただこうと思ったら、メニューが出てきて「エビアン……600円」みたいな文字を見て、
「私なんかが来る場所じゃないのだわ」と青ざめたことを記憶している。
あれは何年前のことだったろうか。

今もどこであろうと600円のエビアンは頼まないと思うけれど、
Blue NoteでLIVEに行っても誰も驚かない年齢にはなった。いや、これは自分の中でのという意味ね。
それでも今回のSPECIALなLIVEは、どうしても行きたくてチケットは1枚で抽選申込したために、一人で参加することになっていた。

LIVEが始まれば、当然ステージに集中するので、一人でもまったく問題はない。
でも、開場から開演までの1時間、お酒やなんならFOODメニューを楽しみがらLIVEを待つというのがBlue Note的楽しみ方な気もしていたので、
一人参加がどうにも寂しくて仕方なかった。

仲間にそんなことをぽろりと漏らしたら
「一人で行ったとしても今回は皆、ファンクラブ会員だから、姉さん達なら周りの人と意気投合出来るはず」
と謎のお墨付きをもらったりしていた。
まぁ、たしかに自覚は、ある。

そうして当日を迎えた、もう一人の姉さんは別日でチケットを確保しているので、すべてが終わったら感想を共有しようということになっていた。

開演30分前。「紳士と淑女の夜」と名付けられたそのLIVEの客層は、デビューから36年という月日をどこまでも感じさせる平均年齢の高さだった。
初めてその音楽に触れたのは中学生の頃。
そこから気づけばBlue Noteが似合う年齢に皆も一緒になっていたということだ。

客席には、親子で来ている人もいて、何を見てもいちいちしみじみする。
さて、懸念していた一人で参加……の部分だが、
「紳士と淑女」と名付けられただけのことはある。
私が座ったテーブルには、淑女親子と、名古屋方面からいらしたという紳士の計4名。

スパークリングワインが運ばれてくると、当たり前のように「はじめまして」とグラスを掲げ、乾杯をした。
フランクに会話を楽しみ、それぞれの期待を口にし、開演を待ちわびた。

1枚のアルバムをいったい何回聴いたのだろう。と思うほど聞き込んだ古いアルバムからの曲も歌ってくれるSPECIALなLIVEは、あっという間に終わった。
音に酔いしれるという言い方があるが、この夜がまさにそれだった。
飲んだのはスパークリングワイン1杯なのに、
身体はすっかり酔いしれていた。

帰りは、別件で都内に出ていた夫と合流して車で帰宅したのだが、
「ラジオつける?」という問いに
「いや、今はほかの音は入れたくない」などと完全に酔いしれた気分のまま答えた。

ここまで書いて少しむず痒くなってきたのでしっかり本当のことを告白しよう。
Blue NoteでのLIVE終わり、夫が運転する車で帰宅したのは事実だが、
会場近くに車で迎えに来てもらったわけではなく、表参道から地下鉄に乗って移動し、合流した。
さらに、この日は行きに駅まで自転車で行き、駐輪場に止めていたので、帰りはそこで降ろしてもらい、自転車を漕いで家まで帰った。
まあ、それが現実。
でも、そういう現実、そういう毎日の中に36年もずっと好んできたことがあることの幸せを感じる夜だった。
電動ではないけれど、流星のサドルで。