誰かと一緒に観劇すると、共感が何倍にも膨らんだり、違った目線がプラスされます。
作品をフィーチャーしながら、ゲストと共にさまざまな目線でエンタメを楽しくご紹介します。
今回ご紹介する作品は、ミュージカル『SERI~ひとつのいのち』。
東京の観劇会に続き、大阪での観劇会が実現しました。
ご一緒したのは、整理収納サロン in my rhythm(イン・マイ・リズム)の尾山敬子さん、暮らしかたスタイリスト*おかたづけとインテリアn工房の二出川ひろよさん、
整理収納アドバイザーで演劇学専門の研究者として教鞭も執られている馬場絢子さんです。
ミュージカル『SERI~ひとつのいのち』は、『未完の贈り物』(倉本美香・著)の原作をミュージカル化。生まれつき両眼の眼球がなく、知的障害も抱えていた実在の人物、倉本千璃さんとその家族の物語。千璃に山口乃々華さん、母・美香を奥村佳恵さん、父・丈晴を和田琢磨さんらが演じた。作曲・音楽監督は桑原まこさん、演出・振付を下司尚実さんが担当し、博品館劇場の東京公演につづき、大阪公演が松下IMPホールで上演された。
※以下、作品のネタバレを大いに含みます。
(舞台写真:オノデラカズオ/提供:conSept)
登場人物、みんなの気持ちが
わかんねんな
栗原 率直な感想、聞かせてください。
垣沼 最高かよって感じでした。
二出川 そうね。何も知らずに観に来たから、こういうお話なんやと思いながら観たんだけど、劇中に出てくるいろんな人の気持ちがわかんねん。みんなの気持ちがわかんねんな。美香さんだけじゃなくて全員の気持ちに共感してしまって、こんな感情ははじめて。
栗原 作品を観る時、大抵は私の目線はこの人だってなる場合が多いですけど、そうじゃないですね、この作品は。全方位型というか。
二出川 だから感情が忙しかった。
垣沼 一番最初、皆の普段のリハ―サル風景ですみたいな感じで始まって、1回暗転になって、音楽だけがぐわっと来たじゃないですか。しかも音楽も日常の音を出していたのを聞いて、あ、そうか、だから生音なんだと思って聴いていたんです。で、途中で千璃ちゃんが目は見えないけど、音に興味があるっていうシーンが出てきた時に、ああなるほど、だから音につながるんだねと思ったんです。最後も音だけの世界になって「いい。最高!」ってなりました。その音は変に飾ってない日常の音、それがとてもいいなと思いました。
栗原 (私は東京の博品館劇場でも拝見したのですが)今日のIMPホールの方がより真っ暗感がありました。それは座席の位置が前方だったから、舞台の照明の明るさとの対比でよりそう感じたのかもしれないけれど。
二出川 暗闇が長かった気がする。
垣沼 長かったですね。でもその意味が後でちゃんとつながるんですよね。
後に意見をぶつけられる
夫婦間であることが救い
垣沼 私、子どもが産まれたのが5年前なんです。だから忙し過ぎました、感情が。「わかるぅ……」って、ずっと泣いてしまった。
二出川 そっかぁ。
栗原 だんだん美香さんの表情が無になっていく感じとか。
垣沼 そう。
二出川 美香さんも後で言ってたけど、夫の丈晴が「美香のせいじゃないよ」っていうシーンがあったけど、「え、それってどういうこと?」これは美香さんを傷つける言葉やのにって。言われた時、美香さんはそれに対して何も言わなかったやんか。でも後であの時……って言ったから、「だよね、あれは許されへんよね」って思って。
栗原 私たちはあのシーンは美香さんを演じた奥村佳恵さんの背中しか見えなかったですけど、反対から見るとあのシーンで美香さんの表情は一瞬クッと固まるんです。
垣沼 ですよね、きっと……。
栗原 見えてなかったけど、その感じは今、皆さんが想像している通りです。
二出川 夫は悪気はなく言ったけど、悪気がないのが悪いよね。
栗原 でもあれを後にぶつけられる夫婦間であることが救いなのかなと。
二出川 たしかにそうかも。
正論じゃないところを
どう表現してくれるのか
尾山 私が印象的だったのは、千璃ちゃんの鼻の手術をする時に夫婦で話し合いになったところ。
垣沼 (美香が丈晴に)あなたは傍観者だよねと言ったところですね。
尾山 多かれ少なかれリアルな暮らしの中にもさ、子育てしてると傍観者的な発言ってあるよな。昨日も夫が「子ども達が3歳とか5歳位の時可愛かったなぁ」っていうからさ、そりゃあ可愛かったけど、私としてはめっちゃしんどい時やったから……。
二出川 私も恐ろしいぐらいしんどかった。垣沼さんは真っ最中やな。
垣沼 夫が悪気なく、下に弟欲しいなとか言うけど、「産めるか!」ってホンマに(笑)。
尾山 リアルな暮らしの中には母親と父親の立ち位置の違いもあるし、そう考えると現実と向き合っているママの考えや方、気持ちがね。最初は夫の言っていることもごもっともなんだけど、正論では生きていかれへんところがあるもんな。その正論じゃないところをどう表現してくれるのかって大事で、それが無理なく嘘なく描かれているという気がした。
栗原 綺麗ごとだけじゃないし、かと言って「強と弱」みたいな描き方は決してしていないですよね。だからメディエーターの最後の言葉もとても正直だなという。
二出川 産婦人科医がリスクがある仕事であることは事実としてあるしね。
尾山 すべての立ち位置がバランスが取れていてよかったなと感じたなぁ。
栗原 初めに、にでさん(二出川さん)も全方向の気持ちがわかるって言ってましたもんね。
尾山 そうそうそう!
栗原 いい人が100%いい人なわけじゃないですもんね。ネガとポジがありますし。
尾山 人ってそういうもんだし、人生そういうもんだしというところが捉えられた作品なのかなって思えて良かったな。
二出川 夫の丈晴役の和田さん、素敵やったな、綺麗なお顔で。
尾山 千璃ちゃんはいいご両親の元に生まれたよね。
垣沼 彼は理想のお父さんでしたよね。
尾山 理想のご主人でもあるよね。
垣沼 うちの夫、あんなんなんですよ。腹立つんですよ(笑)。
栗原 なんかちょっとわかる。いい人だから、イライラしてる私が悪いわけ? みたいになっちやうことがたまにあるんだよね。
二出川・尾山 わかるわー。
(この後、全員で「わかるわぁ~」を連発。つまり皆、パートナーが優しいっていう贅沢なハナシです)
この作品をミュージカルでやる
ということが形式と合う
栗原 垣沼さんは、いつもどういう視点で舞台をご覧になっているんですか? Kakinuma's Eyeだと今日の舞台はどういうところを特筆したくなりますか?
垣沼 演劇の研究者としては、やっぱり音楽があって、ミュージカルでやるということ、その形式と合うっていうところは特筆することだと思います。あれを台詞劇でやって、千璃ちゃんは音楽が好きでって言われても「ふーん」ってなってしまうけど、いい音楽がついていると形式と合うなぁと思いますね。
同じ音楽が美香さんに対して使われたり、お医者さんに対して使われたりするところで、最初は美香さんにパーフェクトって言ってたのが、今度は違う人にパーフェクトって使われている。あの場面では美香さんはパーフェクトという価値を違うように捉えるんだろうなと。
尾山 とっても巧みだよね。
栗原 折り重なっていますよね。「これはきっとあなたの物語」が「これはきっとわたしの物語」になるところもまた違って同じで、対になっていますよね。
垣沼 それから、千璃ちゃんを演じた山口乃々華さんの動きがすごく自由に伸びやかに踊っていたのが伝わってきました。あれにもし少しでも違和感があったらこんな風に観れなかったかもと思いましたね。最後のご挨拶聞いてもむっちゃ素直な子って感じがして、千璃ちゃんを演じるべくして演じたんだなと思いました。
栗原 オープニングでキャストの皆さんがパラパラと出て来て準備する感じ、蜷川さんの演出作品を思い出したんですよね。
垣沼 っぽいですよね。
栗原 美香さん役の奥村佳恵さんは、『ガラスの仮面』が女優デビュー作品で、あの作品も最初に皆が出てきてストレッチしたり準備するシーンから始まったので、初めて観た時、一人熱くなりました。
それと、舞台の上で千璃ちゃんが座ったり、踊ったり、階段になったりする円型や角型の台、あれをキャストが自ら動かしますが、一番大きいもの以外はレバーで固定させるのではなく、他のキャストがさりげなく支えているんですよね。あの演出が私はとても好きなんです。
ああして誰かが誰かを支えたり、見守ったりすることが当たり前の世界は強くて優しくて、力が入り過ぎていなくていいなって。
尾山 久しぶりに伝わるものを観た……という感じがしたなぁ。嘘っぽくないものを観ることができたなと。最近、心から拍手したくなるとか、自然に涙が流れるような、心揺さぶられるものに飢えているのかもしれないと思うんだよね。
それにしても整理収納アドバイザーで演劇の専門家がいるなんて、こういうつながりはとても面白い。
垣沼 ありがとうございます。
二出川 また誘ってな。
栗原 もちろん! また関西やいろいろなところでこういう機会、作っていきたいと思っています。お三方共『SERI』のパンフレットもご購入いただき嬉しかったです。今日はありがとうございました。
ミュージカル『SERI~ひとつのいのち』
2022年10月6日(木)~16日(日)
博品館劇場
2022年10月22日(土)~23日(日)
松下IMPホール
原作/倉本美香
脚本・作詞/高橋亜子
作曲・音楽監督/桑原まこ
演出・振付/下司尚実
出演/山口乃々華、奥村佳恵、和田琢磨、植本純米、小林タカ鹿、樋口麻美、辰巳智秋、内田靖子、長尾純子、小早川俊輔
※オフィシャルパンフレットの編集を担当させていただきました。
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