拝啓、ステージの神様。 PR

0歳と一緒に! 『Feel The TAP!!』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ含みます

ロビーに響く足音。
ざわざわとした話し声でなく、わくわくとした足の声だ。

TOKYO MET SaLaD MUSIC FESTIVAL2023【サラダ音楽祭】のメインプログラム タップダンスと弦楽アンサンブルによる『Feel The TAP!!』の開場時間、ロビーではお子さんによるTAP体験が行われていた。

恐るおそる足をトンとしていた子が、少しずつ足音を大きくしていく。
一度その楽しい振動が体に伝わると、もう圧倒的に楽しくなって、もっともっと大きく踏み鳴らすようになる。
ほんの2〜3分の間にそんな風になる様子をロビーで遠巻きに見て嬉しくなった。

客席に着くと、普段、劇場の観客席ではあまり聞くことがない音が結構聞こえた。
水筒(ステンレスボトル)が倒れる音だ。
0歳から入場OK! のこのコンサート、親子や家族連れで参加の多いサラダ音楽祭ならではの、そしてこんな暑い夏だからこそ特に多い音で、これまたなんだか楽しくなった。

開演前のアナウンスも0歳から入場OK! ならではのものだった。
隣に座っていた二人組の男性が「こんなにザワザワしているクラシックコンサートは経験ないよ」みたいなことを言っていた。

そして、タップダンサー熊谷和徳さんの演出・出演、東京都交響楽団 弦楽アンサンブルによる『Feel The TAP!!』がスタートした。

ステージにはピアノ(ハタヤテツヤ)とハープ(堀米 綾)、そしてと11名の弦楽アンサンブル。
街中のざわめきの中、谷口翔有子&The Freedom Jazz Danceのメンバーがステージや客席のあちこちからやってくる。

通路に板が敷かれ、目の前でタップシューズを履いたダンサーが音を鳴らす。
通路側のお子さんの目が絵に描いたように丸くなって、じっとその音の出どころを見つめた。

いよいよ始まるぞ、ストリングスの音も鳴り始めたぞ……と、赤さんの泣き声が聴こえる。(演出の熊谷さんが赤さんと呼んでいたので、ここでもあえて赤さんと表記)
あっちでも、そっちでも。まるでコール&レスポンスみたいに泣き声が重なったりもした。
でも咳ばらいする人なんてもちろんいない。一旦ロビーに連れ出す親御さんがいても、「いいよ、いいよ焦って出なくても。でもまた落ち着いたら戻ってきてねー」そんな感じだ。

私たちの日常には音が溢れている。
たくさんの音の中から自分に心地いい音、苦手な音を拾ったり、受け流したりしながら暮らしている。
1曲目の「♪NEW HOPE」を聴きながら、というか観ながら、自分の好きな音やリズムはなんだっけ? なんて改めて思いながらステージと客席に集中した。
ステージだけに集中したのではないのがその証拠。
自分は人の話し声にとても敏感。何か楽しい会話はないかとすぐに聞き耳を立ててしまう人なのだ。
だから、0歳から入場OK! 家族連ればかりの客席にも気と耳が向いていた。
こんな体験はなかなかない。そしてそれがちっとも嫌じゃなかったのだ。
ロビーから、始まりから、『Feel The TAP!!』の世界に馴染んでいた。

2曲目、ヴィヴァルディの「♪ラ・フォリア」は、色々な扉が開くのが見えるイメージ。
熊谷さんのTAPが時の経過や秒針のチクタクや、鼓動の音のように聞こえた。
人生にはさまざまなドラマが起こり、さまざまなメロディーが流れ、常に次なる扉を開けていくそのことの連続だ。
そんな風に感じたのは人生が始まったばかりの赤さんやお子さんがたくさんいるいつもとは違う客席だったからかもしれない。

ラヴェルの「♪弦楽四重奏曲ヘ長調より 第2楽章」が3曲目。
ポンポンと弦をはじく音がたくさん入った曲で、そのリズミカルな音色とTAPのリズムが楽しい。
時折赤さんの泣き声や、あーあーと声が出たりもしている。
そのあーあーをあやすためにお父さんが膝をリズミカルに揺らしたりするのか、
声があーあーからあんあんあんあんと小刻みな声になったりして、それがまたTAPを刻む音や弦をはじく音と呼応しているのも愉快。
もともと音楽好きな親御さんなのだろうから、こんな風に楽しめるのだ。

4曲目はハープの堀米綾さんによる「♪Prayer」。
清廉とした音色と、タップシューズで弧を描く音が驚くほど調和して、そこにピアノの音色も重なって、人生っていろいろな重なりで出来ているよなぁなんて思う。

この辺りになるとずっと座っていられないキッズももちろんいる。
お手洗いに行きたくなっちゃったのかな、のどが渇いたのかな、
ママやパパは大変。本当は聴きたいのに~と音楽好きのパパさん、ママさんも多いのだろうし。同時に4曲目のパッヘルベルの「♪カノン」は、胎教にいいからよく流していたとか、
お昼寝用にかけてるなんてエピソードを勝手に想像しては一人で微笑ましくなっていた。
照明の演出もとても素敵だった。
タップダンサー熊谷和徳さんは、コンダクター的役割もしている。
第1ヴァイオリンの塩田脩さんの目線がなんともピースフルで素敵だった。

ホルストの「♪組曲≪惑星≫より「木星」」は、かなりカッコイイ。
子どもに寄り添い過ぎない選曲がこの「Feel THE TAP!!」の魅力的なところだが、
「木星」はアドベンチャー感もたっぷりあって、希望に満ちた未来も予感させる。
ステージを立体的に使い、シルエットの演出もカッコイイ。
子どもの目や耳や好奇心を刺激する演出は、実は大人により刺さったかもしれない。
「影、すごかったね!!」ヒーローものに夢中になる男の子のように、お子さんに話しかける
お父さんのつぶやきが聞こえた。

アンコールは熊谷さんの娘さんが読み上げたアメリカの詩人で作家マヤ・アンジェロウさんという方の詩の音源に音楽とTAPを重ねた作品。
会場を包み込むような、力強いのにやさしいリズムとフレーズで終演となった。

インタビューで熊谷さんは、「年齢も経験も関係なく、今回のコンサートでは本能の中にあるものを気楽に感じてもらえたらいいなと思います。そして興味を持ったら表現することを思い切って始めてみてください。」
そうお話してくださった。年齢も経験も関係なく。
そうだよな、と思う。
人生って人によって長さはいろいろだけど、興味を持つタイミングに制限なんてない。
正解もない。不正解もない。

もしかしたらロビーでのTAP体験を本当はやってみたかったけど出来なかったお子さんもいただろうし、本当はうずうずしていた親御さんもいるかもしれない。

劇場に一人で来て、ゆっくりショウを観たいと思ったかもしれないし、眠っていた夢を思い出した人もいるかもしれない。

そんな「かもしれない」がいっぱい詰まった空間だった。

東京芸術劇場全体で展開された2日間の音楽祭。入口横に「ベビーカー預かり所」が設けられていたのも特徴的でした。0歳で劇場体験、素敵だなぁ
拝啓、ステージの神様。
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