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ハラスのいた日々 / 中野孝次

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アトリエM_こばやしいちこによるブックインスピレーションエッセイ。たくさん読んだ本の中から一冊をフィーチャーしながらオリジナルエッセイを届けます。

ハラスのいた日々 / 中野孝次

小説家・ドイツ文学者の中野孝次先生が、横浜に戸建を持つ幸運に恵まれた時、妻の妹に新築祝いにもらったのが、柴犬ハラスとの出会いだった。
「運動不足気味だから散歩用に犬でも貰うかな」なぁんて感じで貰った犬に、夫婦でどんどん夢中になっていく。
クンクン鳴き、コロンと横になり、とにかく一挙手一投足が愛らしくて仕方がない。
中年に達した夫婦2人だけ。単調で変化のない生活。そんな生活に、ハラスがどうした、こうした、話のタネを作ってくれる存在になった、ふわふわの温かい生き物。3人家族になっていくのにそう時間はかからなかった。
ハラスとの散歩で、近所の人と話をするようになったり、犬と連れ立って歩いていなければ話をすることもなかったであろう人と出会えたり、新しい人間関係も生まれていく。ハラスが世界を広げてくれるのだ。
派手なストーリーがあるわけではないけれど、かけがえのない愛犬と過ごす、なんてことの無いほっこりした日常が、たくさんの写真と共に楽しめる一冊となっている。

我が家のアイドル犬も、もう、16歳と8か月ほどになる。人間でいうと、およそ80歳のおばあちゃんだ。いろいろ不調はあるにはあるが、獣医さんや、知り合いには、「若いね~」と言われている。家じゅうを走り回り、ゴハンの催促も激しく、ワンワンきゃんきゃんと、わがままいっぱい仔犬のように過ごしている。でも、寝てる時間は増えたかな?
そんな彼女、実は8月からかなり大変だったのだ。
口の中に、1センチ大の悪性メラノーマが出来ていたのだ。この病気は、すごく悪いヤツで、局所で大きくなりやすく、再発、肺やリンパ節などへ転移しやすい‥‥‥ネットで検索しちゃうと、余命‥‥‥とか、怖い言葉が出るわ出るわ。
病院に通いながら、年齢も考えて主治医の先生と相談を重ねた。外科手術でこのデキモノを取るには、全身麻酔が必要。でも全身麻酔を躊躇する年齢だった。おまけに現在、心臓と、肝臓の薬を服用中。しかもそんな危険を冒しても、このデキモノは広範囲に広がっている可能性が高く、取り切ることは難しいと言うのだ。抗がん剤治療か?これも副作用がある。放射線治療か‥‥‥治療方針が二転三転、我々ニンゲンが精神的に疲弊した日々。
「ねえ、どうしたい?治療したい?でも痛いのヤだよね?」
辛いことはしたくない。でも、まだまだ生きていて欲しい。第一、こんな状態なのが信じられないくらい、ゴハンももりもり食べるし、遊ぼう遊ぼう、の催促も相変わらずで、元気いっぱいなのだ。でも、この病気のことを調べていろいろ知ってしまい、震えあがっている我々にとっては、これが救いだった。
最初、「外科手術だけはしない」という方針で、抗がん剤を試してみた。副作用は全然なかった。しかし、効果も無かった‥‥‥
途方に暮れた我らは、がんセンターを紹介してもらい診察を受けた。そして、あんなに拒絶していた外科手術に踏み切ったのだ。

一泊手術入院。めったにない、愛犬のいない我が家。まるで灯りが消えたよう‥‥‥手術は無事に終わった、と連絡は来たものの、心配でたまらない一晩だった。
お迎えの日は、家族全員で病院へ行った。緊張にこわばった顔の私たちをほっとさせてくれたのは、看護師さんの言葉だった。
「とっても元気でしたよ。ゴハンももりもり食べて。甘えんぼさんだし、出して出して、ってワンワン言うから出してあげると、看護師さんの足の間に入って撫でてもらったりしてましたよ」
良かった。本当に良かった。

まだまだ、転移の検査、再発の恐れ、放射線治療など、やらなきゃいけないこと考えなきゃいけないことはたくさんあるけれど、手術を余裕で乗り切ったかけがえのない我が愛犬は、元気いっぱい、エリザベスカラーをぶち壊す勢いで走り回っている。

文と写真・こばやしいちこ

小さな頃から本が好き
映画が好き
美味しいものが好き
おせっかいに人に勧めたがり
愛犬・さくら(黒のトイプードル)を溺愛しながら、
毎日なにかしら本を読んでいます。

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