日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。
父方の叔父が亡くなった。77歳だった。
私の父にとっては一回り以上歳が離れていた、末の弟だった。
生涯独身だった叔父は、私の実家の近くに長年一人暮らしをしていた。
入院の知らせを受け、病院へ見舞うとそこからはあっという間の出来事だったという。
家は近くとも、父と叔父は心の距離はまあまあ離れており、
最期の言葉は「とにかく何もしないでいいですから」だったそうだ。
静かな人だったし、華やかな人生とは言えなかったけれど、叔父は心配していた引き継ぎ事項をしっかり父と母に伝え、最期は二人が1時間ほど入院先の枕元に付き添う中で静かに息を引き取ったと聞いた。
「何もしないでいい」という叔父の言葉を受けつつも、県外から叔母夫婦も駆けつけてくれて、葬儀は小さく、でもあたたかくとりおこなわれた。
斎場から実家に戻ると、私たち兄妹に母がお疲れ様と栄養ドリンクを出した。
「〇〇さんの家にあったやつだから。たくさんあったからこれが好きだったみたい」
なんとなく弔いの気持ちもあって、私たちはその場でグビッと栄養ドリンクを1本飲んだ。
叔父が亡くなってから幾日が経過した。
父は叔父亡きあとの手続きを、私たちの予想をはるかに上回るスピードで進めている。
昨今の解約手続きといえば、電話は一生たらい回し、ネットやチャットも肝心なことに答えてくれないなど、高齢者じゃなくても不親切だが、父はいろいろなパワーで乗り切っていて、それを子らが適度にサポートしている形なのだ。
叔父の部屋には、置き薬があった。これも解約が必要。
引き上げてきた薬箱の問い合わせ先を見ながら、私が代わりに電話を入れた。
中の伝票を見ると、叔父が入院する2日前に交換に来ていたらしいことがわかった。
担当の方が即日回収に来てくれることになった。
あまりに最近のことで、担当さんも驚きの様子。
入院の2日前、調子の悪そうな叔父に「熱中症ではないか?」と心配の声をかけてくれたという。
聞けば、叔父の担当になって10年近くなるそうだ。
定期的にコミュニケーションできる相手がいたんだなぁ。
実際、叔父は自分で熱中症を疑い、2日後に救急車を呼んだ。
実はそれより悪い病にかかっており、そこからはあっという間だったというのは前述の通り。
置き薬の担当さんとひとしきり会話をし、解約前最後の精算をすることになった。
と、担当さんが「あの~~、」と切り出した。
「薬箱の近くに栄養ドリンクってなかったですかね?」
例の栄養ドリンクだ。
斎場から戻り、私たち兄妹がグビッと飲み、2本は祭壇に今日も供えてあった。
「これですか?」
祭壇から1本ピックアップして置き薬の担当さんに見せると、
「はい、それです!」
なるほど、ダースで置いてあった栄養ドリンクはそういうことだったのだ。
叔父が亡くなった後、取り急ぎ部屋を片づけに行った母が、ズラリとストックされていたそれを見て、愛飲していたのだと勘違いしたのだった。
最期の精算は2,200円。
担当さんに、病院関係や親族以外で最後にお話したのは、担当さんだったかもしれないことを告げると、
「きっとそうですね……」
支払いを済ますと、その栄養ドリンクを1本くれた。
最期の訪問となった日も、調子の悪そうな叔父に1本はサービスで渡してくれたという。
その1本を叔父は飲んだみたいだ。
置き薬やさんが帰った後、いただいた1本を祭壇に供えた。
叔父さん、向こうではドリンクじゃなく栄養のつくもの、たくさん食べてね。

