拝啓、ステージの神様。 PR

ほろ苦さの先を想像するミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略の場合あり
※ネタバレ含みます

DEAR EVAN HANSEN(ディア エヴァン・ハンセン)
これは主人公のエヴァンが自分に宛てた手紙の書き出し。
その手紙は対人恐怖症の彼が通うセラピーからの課題だ。
自分への手紙、自分への語りかけ、
そんなに驚く行為ではない。
たしか私も思春期の頃は、日記の書き出しが毎回そんな感じだった気もする。
いや、自分宛じゃなくて、空想の誰か宛だったか?(赤面)
この手紙の書き出しが作品タイトルになったミュージカルをお初のEX シアター有明で観た。

この日のエヴァン役はあの吉沢亮さん。

あの、と書いてしまうのは、昨年の映画「国宝」でさまざまな賞を獲得した彼だからなわけだけど、実は舞台もこれまでに出演されていて、2022年の『マーキュリー・ファー』や、別のキャストで観たけど2020年にはミュージカル『プロデューサーズ』にも出演されている。
2017年のトニー賞をにぎわした本作の日本初演、チケットはかなりの争奪戦だったという。
(観れた私は大ラッキー)

エヴァンは母と2人暮らし。
左手にギプスをしているのは、木から落下して骨折してしまったから。
母は、友達にそのギプスにサインを入れてもらったら?と提案する。
そんなの陽キャで自信がある子しか出来なくない?
ママ、そんなに簡単そうにハードル高い提案しないでよ!
と、堀内敬子さん演じる母・ハイディにちょっと文句を言いたくなりながら観た。
でもエヴァンは曖昧に「そうだね」と笑うんだ。「そんなの絶対無理!」とあきらめないで、ワンチャン行けるかもと願っていそうな感じも伝わった。
言葉を発したと同時に自分でちょっと笑ってみたり、早口で転がるように話してみたりするエヴァン。
「大丈夫」って言葉は、今の段階では彼には空しく聞こえるワードナンバーワンなのに違いない。
舞台では、SNSでのやりとりがモニターに映し出される。
例えばエヴァンと、幼なじみのジャレッド、同級生のアラナとのやりとりでは、それぞれの名が頭上に映る。
ジャレッドを演じるのは、須賀健太さん。エヴァンをからかってみたり、ちょっと悪ぶってみたりする感じも高校生らしい。映画版でもそうだがジャレッドも実のところそんなに社交的なタイプではないしね。
アラナを演じるのは、高野菜々さん。登場シーンのボリュームの関係であまりアラナが抱える繊細な部分の見せ場は多くはないけれど、彼女がエヴァンと交流したことも、彼の人生になかなかのインパクトを与えている。

舞台だから体や顔は客席に当たり前に向いているわけだが、相手の顔を正面から見ずにいる感じが、ネット上でやりとりにやけにリンクした。

DEAR EVAN HANSEN(ディア エヴァン・ハンセン)
主人公のエヴァンが自分に宛てた書き出しの手紙が問題となる。
課題として書いたこの自分宛の手紙を、学校でプリントアウトした際、コナー・マーフィーに見られてしまうのだ。
コナーを演じるのは廣瀬友祐さん。エヴァンとは接点の極めて薄い荒くれものの印象のコナー。彼はその手紙を返してくれなかった。そして誰も無反応だったエヴァンの左腕のギプスにデカデカとCONNERとサインして、エヴァンの前から去った。永久に。
手紙は彼のポケットから見つかる。
DEAR EVAN HANSEN(ディア エヴァン・ハンセン)
コナーには親愛なると書くような存在の友がいたと、コナーの家族は勘違いをしてしまう。
コナーの母・シンシアを演じるのはマルシアさん。父親のラリーを演じるのは石井一孝さん。
突然息子を失った家族は、息子に大事な友人がいたと思い込み、喜び、エヴァンを大切に迎え入れた。コナーの妹・ゾーイを演じるのは松岡茉優さん。兄とは相いれない関係だった。
そしててゾーイはエヴァンが秘かに思いを寄せていた相手でもあった。こんな風に細かく設定をなぞりたくなってしまうのは、ミュージカルを観に行く当日に、2021年に公開された映画「ディア・エヴァン・ハンセン」を見て、予習していったせいもある。
また、この作品に登場する人物たちが、皆、それぞれに繊細で、痛みを抱えているからでもある

はがゆいけど、それこそがリアルで、だから希望も感じられる気がした。物語の前半、エヴァンがコナーを追悼する集会で、アラナの呼びかけでスタートするプロジェクト立ち上げに際しスピーチをするシーン。
吉沢さんの演技が際立った。
1階最後列で観ていたが、私にしてはめずらしく!? オペラグラスを離せなかった。
小刻みに震える声、手元。自分を奮い立たせる様子と、自分ではブレーキをかけることができない怖さ。
そして、その加速した感情がそのまま、SNSによって拡散されていく恐怖。
これに関しては、現代を生きる私たちが身をもって知っていることだけに、こうして観ている自分たちもアクセルをさらに踏み込んでいる一因のように思えて恐ろしさを感じた。
幕間にご一緒した方とそんなことを思わず口にするほどだった。二幕。嘘は当然ながら露呈していく。
もしこれが現実社会においてSNS上だけの事象だったら、そこから負の連鎖がつづいていく……なんていう展開にだってなり得るのだろう。
物語で良かった。とはいえ、ただただハッピーな結末というわけではない。
ちゃんとほろ苦い。

でも、この登場人物たちのその後の暮らしを想像したとき、きっと、皆がみな、寄り添うことにちょっとだけポジティブになっているだろうと思えた。
その距離は近ければいいわけでもないし、離れれば安心というわけでもない。
でも、それぞれの歩幅できっと誰かは誰かに寄り添えていくはず。
エヴァンが自分宛てゃなく、誰かに宛てて手紙を書いてくれていたらいいなと願いながら、
劇場を後にした。

パンフレット(25cm×25.5cm、64ページ 2,000円)稽古場写真ver.と舞台写真ver.あり

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