自分らしさ、暮らしやすさを提案するらしく・おうちと整理研究所 主宰の柳澤とも子が、夫婦で手塩にかけて作る庭と植物についてつづるガーデンフォトエッセイ。
今月は、いつもとは少し違う話を書こうと思います。
我が家で一緒に暮らしていたフェレットのなっちゃんが、2年半という短い生涯を終えました。リンパ癌でした。
少し前から、以前ほど遊ばなくなったり、寝ている時間が増えたり、「なんとなくいつもと違うな」と感じることはありました。でも、食欲もあったので、もう少し様子を見ても大丈夫かなと思ってしまいました。
もっと早く病院へ連れて行っていたら何か違ったのだろうか。
今になって考えても答えは出ませんが、そんな思いがどうしても残ります。
2年半。振り返ってみれば、本当に短い時間でした。
でも、なっちゃんが家にいた時間は、とても濃いものでした。
フェレットは好奇心旺盛で、ちょっと目を離すと思いもよらないところに入り込んでしまいます。
買い物から帰って紙袋を床に置けば、いつの間にか中からガサガサと音がする。洗濯物をたたんでいれば、その山の中にもぐり込んで顔だけ出している。家族がリビングに集まっていると、その間を縫うように走り回って、突然ぴょんと跳ねる。
「またやってるよ」
そんな言葉が、家の中で何度交わされたでしょう。
なっちゃんのいる日常が当たり前でしたが、今振り返ると、どれだけ毎日の暮らしを楽く豊かにしてくれていたことか。どれだけ癒してくれていたことか。
亡くなってからは、家の中が少し静かになりました。
ふとした瞬間に、いつも寝ていた場所を見てしまったり、物音がすると一瞬「あれ?」と思ったり。
そこにいることが当たり前だった存在がいなくなるというのは、こんなにも寂しいものなのですね。
庭全体を眺めると、木々は豊かな木陰をつくり、芝生も鮮やかな緑へ。季節が進むにつれ、「庭が完成に近づいていく」というより、「庭がさらに育っていく」という表現の方がしっくりきます。
亡くなったあと、家族で相談して、お気に入りの手ぬぐいにくるみ
庭に埋葬することにしました。
毎日眺め、季節ごとに手を入れているこの庭なら、これからもずっと近くにいられるような気がしたからです。
未明に亡くなり、早朝に気づいたのですが、夫がすぐに仕事を休んでくれて、庭に大きな穴を掘ってくれました。暑い日だったので、少しでもきれいなままで埋葬したいと思いまして。
お墓のまわりにはタイムを植えました。
今はまだ小さな苗ですが、タイムは少しずつ地面を這うように広がっていきます。いつか一面を緑が覆い、小さな花が咲くようになったら、きっとかわいらしい場所になるでしょう。
水やりをするとき。
庭仕事をするとき。
デッキで珈琲を飲むとき。
これからは、その場所を見るたびに「ここにいるんだな」と思える気がします。
庭に出る理由が、またひとつ増えました。
悲しい気持ちは、まだなくなりません。
もっと早く気づいてあげればよかった。もっと遊んであげればよかった。もっと抱っこしたかった。
考え始めれば、「もっと」がいくつも出てきます。
でも、それと同じくらい、伝えたい「ありがとう」もたくさんあります。
家に来てくれて、ありがとう。
家族を笑わせてくれて、ありがとう。
何でもない一日を、ちょっと面白い日に変えてくれて、ありがとう。
そして、たくさんの思い出を残してくれて、本当にありがとう。
いつかタイムがお墓を覆い尽くすころには、今の悲しさも少しだけ違う形になっているのかもしれません。
それまでは、庭仕事の途中にちょっと立ち止まって、何度でも話しかけようと思います。「今日もみんな元気だよ」と。
そして最後には、やっぱり「ありがとう」と。
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