私のアンフォゲ飯 PR

台所より劇場が好きだった母の豆ご飯

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誰にでも忘れられない味がある。ふとした瞬間に思い出したり、その味と共に記憶がするするとよみがえったり。あなたのunforgettableな味から記憶を整理します。題して私のアンフォゲ飯。

今回アンフォゲ飯を語っていただいたのは、舞台の感動を言葉で届けるWebマガジン「ステージアライブ」の編集・執筆を手掛ける演劇ライター 橘 涼香さん。食にまつわるご家族との思い出と現在のお仕事につながるお話についてうかがいました。

-- 舞台のレビュー執筆やインタビュー取材で日々お忙しい涼香さん。忘れられない味といえば何を思い浮かべますか?
 子どもの頃の話からさせてください。実は私の母は料理をはじめ、家事全般が大嫌いな人でした。ある日の夕飯のおかずは、湯豆腐。ある日の夕飯のおかずは、近所の焼き鳥屋さんの焼き鳥だけ。メインのおかず一品にごはん、味噌汁、お新香というシンプルな食卓が基本でした。
専業主婦が当たり前の時代でしたので、母にとっては、「料理は好きではないけれどしなくてはならないこと」だったようです。
子どもの頃って自分の家庭が世界の全てですよね。だからそれが普通だと思っていました。

-- たしかに他所のお宅のおかずの数や種類は、お呼ばれでもしない限り、知ることはなかったような。食事の時の様子も教えてください。
 子どもゴコロに記憶しているのは、食べ方に厳しかったことですね。私はきゅうりの古漬けがとても好きだったんです。八百屋さんの自家製の漬物って漬かりすぎると売れにくいけれど、私が好物だと知ってよく売ってもらっていたほど。好きだからつい一番最初に漬物に箸を伸ばしたりもしちゃうんですけど、そういう時はものすごく怒られました。
「いきなり漬物から食べるなんて、食事を作っている人に失礼なことよ!」と。
でも、ご飯、味噌汁、冷や奴、ほうれん草のおひたし、みたいなメニューだったら好物の漬物から食べたくもなりますよね。

-- 三角食べをしなさいと私もよく注意されましたが(汗)。
橘 
母の機嫌を損ねないようにと、食卓はいつも結構な緊張感に包まれていたことを覚えています。だから忘れられない大好きだった母のあの料理! みたいなものはパッとは思い浮かばなかったのですが、母が亡くなってからもう一度食べたかったなと今になって思い出すのは豆ご飯です。
わが家は昔ながらの木の蓋がある、ご飯釜でご飯を炊いていました。料理嫌いな人がなぜ炊飯器を使わず、ご飯釜で炊いていたのかは不明なのですが、きっと理由は壊れずそのまま使えたから、だったのでしょう。
改めて思い出すと、たしかにわが家の「ごはん」はいつも美味しかったです。

-- 好物だったお母様の豆ご飯、特徴を教えてください。
橘 
いわゆる普通のえんどう豆のご飯です。塩加減がちょうどよくて、とても好きでした。
豆の量は特別多いというわけでも、少量でもなくちょうどよい加減でした。豆以外に特別なものが入ってもいませんし、隠し味があったわけでもありません。ご飯の炊き加減も普通で、とにかくシンプルな美味しさでした。
料理をするようになってから何度か挑戦しましたが、あの美味しさ、絶妙な塩加減にはならないんです。どこかで買ってきて食べても、母の豆ご飯の美味しさには叶わなかった。作り方を聞いておけば良かったなと思っています。
蓋を開けて豆ご飯だとわかり「美味しそうだね!」と私が喜ぶと、母は言いました。
「美味しそうじゃないわよ、美味しいわよ」って(笑)。

-- ちょっと照れていらしたのかな。お父様は食事に関してはどんな反応だったのでしょう?
橘 
なんでも出されたものを黙って食べていました。それは祖母(父の母親)から、
「男はお嫁さんが出すものにあれこれ言ってはいかん」
と言われて育てられていたからだそうです。
私が仕事をはじめてしばらくたった頃の事です。父が帰宅したら土鍋にご飯しかない日がありました。今日はご飯しかないから、卵をかけて食べるなり、佃煮で食べるなり自由にしてちょうだいと母に言われて、父が少しムッとした顔をしたんです。それまで食事に対して苦情は一切言わなかった父がです。
すると、母がわーっと泣き出して「私はもうできない!」と言って、一切の家事を放棄しました。とても早い母の家事引退宣言でした。
今になって思うのは、母は家事が苦手というコンプレックスがあったんですね。叔母は母とは正反対でとても料理上手でグルメでしたから、そういう面からも益々嫌気がさしていたんだと思います。母の家事引退宣言を受けて以来、わが家の家事全般は私の担当になりました。その後、私の執筆量が膨大になっていったのと、父が定年退職した時期とがちょうど重なって、だんだん父が家事を分担してくれるようになり、いまはほとんど父がやってくれているのに甘えています。宣言していないだけで、やっていることは母とあまり変わらないかもしれません(笑)。

-- お父様の得意料理もお聞きしたくなります! 家事シェアなどという言葉が登場する前の頃は、お母様のように窮屈な思いを抱えていた方も多いかもしれませんね。では、お母様がお好きだったことはどんなことだったのでしょうか?
橘 
外出が好きでした。映画を観るために浅草の国際劇場まで出かけていましたね。当時は映画と一緒にOSKのレビューショーが付いていたので、そこには子どもの頃から私もよく連れて行ってもらっていました。私、小さい頃から大人しい子どもだったので、映画館や劇場のような静かにしなくてはいけない場所もOKでした。

-- 涼香さんの現在のお仕事につながるお話ですね。観劇デビューは何歳の頃ですか?
橘 
幼稚園生の頃です。木馬座のマスクプレイミュージカルを観たのが一番初めの観劇体験でした。その後小学校にあがってすぐに帝国劇場で『王様と私』を観たのが、海外ミュージカルとの出会いです。それも平日に。母は「チケットが取れたから学校はお休みしましょう」と平然と言う人だったんですよね(笑)。
聞くところによると母の父親(私にとっての祖父)が新聞記者だった影響で、母自身も幼い頃から、映画や演劇に触れる機会が多かったようです。

-- エンタメを愛し、それを伝える現在の涼香さんのお仕事は、お祖父様、お母様から受け継いでもいるのですね。
橘 後に知ったことではありますが、確かにそうですね。エンタメといえば、母と私は毎年大晦日、12月31日は映画を観に行くのが恒例行事でした。大晦日の映画館は大抵ガラガラでしたから、それが良かったんですよね。ただ、父は運送業だったので31日まで仕事でしたから、妻と娘がまさか大晦日に遊び歩いているとは想像もしていなくて。母に厳しく口止めされていましたので、私も父に話したのは母が亡くなったあとでしたから、かなり呆れていました(笑)。
ミュージカルやバレエなども私が観たがっているから……と言って、常に天井桟敷の1番安いお席でしたが、結構な頻度で連れて行ってくれました。ピアノも習っていましたし、娘のためというのが父にも一番言いやすかったようで、今考えるとあの頃の母の行動力には感謝ですね。
食や家事にまつわることでは不機嫌になったり、褒めてくれることもなかったけれど、観劇している間は全てがチャラになるというか、異世界にいられたので、私には、そしてきっと母にとっても劇場で過ごす時間が大好きな時間でした。

-- お母様とはおいくつぐらいになるまで一緒に観劇されたんですか?
橘 母が80代になるまで、月に一度は宝塚歌劇を観に行っていました。私はミュージカルにも傾倒していましたが、母はとにかく美しい宝塚歌劇が好きだったので。車椅子には乗らない、杖をつくのも嫌と言い張っていたのも、なんとも母らしかった。車椅子だったらもっといろいろなところに気軽に連れて行けたのかもしれないけれど、短い距離でもタクシーに乗るなどして劇場に行きました。最後に観たのも宝塚歌劇だったんです。

-- おめかしして劇場に行くというのが、お母様の観劇スタイルだったんですね。
橘 外出が難しくなってからは、韓流ドラマにどっぷりハマっていました。やっぱりエンタメが好きだったことに間違いなさそうです。

-- ところでお母様の豆ご飯について、お父様とお話されたことはありますか?
橘 
はい。父も好物だったようで、ん(母の呼び名)理についていけれど、たかった、作り方を聞いておけばよかったなと言います。

-- あの豆ご飯が好きだったから作り方のコツを教えて! と訊ねたら、お母様、どのような反応されたでしょうね。
橘 
「別に……、特別なことはしてないし、コツなんてないわよ」とか言いそうな気がします(笑)。でもあの母の豆ご飯があれば、それこそおかずなんて要らなかったと思えるんです。赤出汁のお味噌汁ときゅうりの古漬けがあれば、それで十分。
今年の夏は久しぶりに作ってみようかな。思い出補正もされているので、母の味を超えるものにはどうしたってならない気もしますが、父と一緒に懐かしく食べたいと思います。

-- 絶妙な塩加減の豆ご飯。お父様と一緒に召し上がって「これだ!」という味に出会えたら、ぜひ教えてください。「ステージアライブ」での公演レビューやインタビュー記事も引き続き楽しみにしております。

橘 涼香(Suzuka Tachibana)さん
演劇評論家・ライター。国際演劇評論家協会日本センター会員。演劇専門誌「えんぶ」、情報誌「カンフェティ」、「SPICE」などでの公演レビュー、インタビュー記事執筆をはじめ、公演パンフレットライターとして活動中。
著書に『タラヅカレビュー!宝塚歌劇からミュージカルまで』(2019・青弓社・262ページ)。編著書に『宝塚イズム』シリーズ(青弓社)など。
2026年4月より、舞台の魅力を独自の愛ある目線で伝えるウェブマガジン ステージアライブ 舞台の感動を言葉で届ける を開設し、発信を続けている。
ステージアライブ-舞台の感動を言葉で届ける-

キャストインタビューや公演レビューなど、舞台の感動を橘涼香さんの編集・執筆で発信中

 

イラスト/Miho Nagai
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